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私たちはなぜお辞儀をするの?

私たちはなぜお辞儀をするの?
ピアノ講師: 青木 佑磨

挨拶にお辞儀を用いる文化は、日本特有の良き風習だと思います。一方で、音楽の聖地である西洋の方々は、挨拶のときにお辞儀ではなく、握手やハグをしますよね。このように民族・宗教によって挨拶には様々な形がありますが、全ての演奏家が演奏前後に客席に向けてするのは、万国共通”お辞儀”です。舞台上でのお辞儀は、拍手で温かく迎えてくださるお客様へ、作曲家へ、そして神へ、演奏者の心や姿勢そのものを見せられる、神聖な時間なのです。
 
しかしながら、私が審査を務める試験やコンクールにて、とくに演奏後のお辞儀を疎かにする学生があまりにも多い気がします。演奏した本人がその出来に不満足なのは結構ですが、聴いていた私たちがその内容に感動していても、最後に疎かなお辞儀など見せられたら台無しですよね。私も本番で失敗したときの悔しさや辛さは痛いほど分かりますが、それに負けぬような精神を維持し、どんな出来の演奏を終えても、お辞儀をして舞台を去るまでは堂々とする必要があるのです。悔し涙は楽屋か家で流しましょう。
 
お辞儀をするのはほんの数秒間ですが、その教育は難しいもので、理想的なお辞儀を身につけるには、うんと長い時間が必要です。今回の記事では、私たちが経験した学校教育の中でのお辞儀と、演奏時のお辞儀との意味合いの違いについてお話して参ります。

●学校の号令と心からの挨拶

 先生「はい、号令」
 日直「気をつけ」→「礼」
 生徒一同「おはようございます」
 先生「やり直し!」
というやりとりを経験したことはありますか?主な原因は「礼をする前にフラフラしていた者がいた」や「私語が聞こえた」など小さなことでしょうが…
決して、時間の無駄だから号令をやり直させるな、と言いたいわけではありません。挨拶すら出来ない生徒と、一緒に勉強などしたくないのは、私も同じです。ただやり直させる前に、教師側もまずは「おはよう」と返すべきだと思うのです。全員が立って、自分に向かってお辞儀をしてくれたわけですよ。本来であれば嬉しいはずですが、まるで「私に挨拶をしなさい」というスタンスをとるならば、その瞬間に喜びなど生まれるはずがありません。
どんな立場の教師にも、生徒側から求められた挨拶を拒絶する権利など、あるはずがないのです。あまりにも態度に問題のある教師は、悪い意味での「指導者」となってしまうことでしょう。

●授業前後に心からの挨拶を

ある中学で音楽教師を務める友人は、昨年より、授業前後での号令を廃止し、生徒が音楽室に入る際、教師側から「おはよう」や「こんにちは」といった声がけを始めたそうです。すると最初は単に返すだけであった生徒からの挨拶が、やがて自発的なものとなり、生徒と教師との間に有意義な対話が増えたそうです。この試みは、音楽など教室を移動して実施する実技科目においては特に取り入れやすく、挨拶というコミュニケーションから自己確立を促す観点からも、最適であるように感じます。
 
少し調べると、軍国主義時代の悪しき風習だとして、号令を廃止する学校は増えてきているようですね。社会は刻々と変化しているのですから、教育現場も変わるのは当然です。ただし、立場など関係なく「自分から先に挨拶をしよう」という心がけは皆に必要でしょう。

●演奏時にお辞儀をする本当の意味

「お辞儀」とweb検索してみて下さい。すると必ず、角度や秒数、表情のつくり方ばかりがヒットするはずです。もちろん良い形のお辞儀が出来るに越した事はありませんから、それを事前に身につけ、大事な場所で披露出来れば、きっと相手方には好印象でしょう。

しかし、音楽教育においてのお辞儀で大事なのは、角度と秒数ではないのです。角度を測ったり、秒数を数えるお客様などいるはずがありませんから。客席からの見え方よりも、「何を心がけるか」を考えるほうがよっぽど大事でしょう。
ちなみに私は留学時代の恩師からの助言もあり、演奏する際には以下の5点を心がけております。あくまでの一例としてご覧ください。

まずは頭を下げながら
・お客様への感謝
 
心の中で
・楽器への感謝
・作品(作曲家)への感謝
・空間への感謝(空気とも言っておりました)

頭を上げ
・音楽の神様(Muse)への感謝

私は恩師からこの助言を受けて以来、自ら演奏モードに入るためのスイッチを、「椅子にかけたとき」から「お辞儀をする瞬間」に入れるよう変えました。以来、自分自身の精神面のコントロールがやや改善され、極度の緊張の中でも自分の出している音が良く聴こえるようになった気がします。

また、多くの生徒さんの悪い癖でもある、舞台上で目線を下げないよう注意をする場合にも、「神様への感謝を思う」ことは適切な心がけです。決して特定の宗教を信仰するよう仕向けるような意味はありませんが、試しに一度「神様ありがとう」と言いながら、お辞儀をし、その後椅子に腰かけてみると分かります。目線を上方向に維持したまま動作を継続できるのです。一方でよく言われる「遠くのお客様を見つめる」や「奥の非常口あたりを見る」という目標物作戦では、お辞儀が済んだ後に目を下方向に切ってしまう恐れがあるのです。
 
「礼儀」や「ねぎらい」を重んじる日本の挨拶と、「祈り」と「感謝」を重んじる西洋の挨拶。どちらも素晴らしいものですが、近年日本人の挨拶に伴うお辞儀の多くが、形だけで心を感じられなくなっている気がします。さらにはそもそも挨拶をしない人が増えていることも、非常に気になって仕方ありません。
音楽を愛する皆様であれば、たくさんの美しい旋律を歌ったり、聴き続けて培った「豊かな心」があります。それを武器に、美しい挨拶の形を究めて参りましょう。
 
●小さな生徒さんの練習にご協力いただく保護者の皆様方へ
~お辞儀導入のご提案〜

私たちが有意義な時間となるよう努めている週に1度のレッスンでも、伝えられることは僅かです。したがって保護者の皆様の熱心なご協力なくして、お子様のここまでの成長はございません。いつも本当にありがとうございます。
先ほどお辞儀への心がけの話の中で「神様への感謝」というものを挙げましたが、お子様にとって、いきなり神の存在を意識させるのは難しいでしょう。お子様にとって最初の感謝の対象は、神でなくても構いません。まずはお父様やお母様にいたしましょう。
せっかくの機会ですから、毎日の練習の最後にお辞儀を取り入れてみてはいかがでしょうか?そしてお辞儀をしてくれたお子様には、大きな拍手をしてあげてください。(拍手の起源も「神を目覚めさせ、称賛する」という古代エジプトの概念からだそうです)
きっとお父様やお母様からの拍手をされることは、お子様にとって最高の瞬間であり、その幸福感がさらなる意欲向上を促し、やがて感謝の心へと繋がるはずです。
 
音楽から得られるものは、一生の財産となります。

文: 青木 佑磨(あおき ゆうま)

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